水戸地方裁判所 昭和26年(行)1号 判決
原告 鈴木炭砿株式会社
被告 日立労働基準監督署 外一名
一、主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は被告日立労働基準監督署が原告会社に対し、労働者災害補償保険法第十九条により昭和二十四年六月三十日の落盤事故に因る、罹災者安島次男に対する休業補償費を除く他の金額の給付制限及び罹災者竹田久の遣族補償の五割給付制限をなした昭和二十四年八月十六日附決定を取消す。被告茨城労働基準局保険審査官が右決定に対し原告会社のなした異議申立を棄却した昭和二十四年十二月七日附審査決定を取消す訴訟費用は被告等の負担とするとの判決を求め、その請求原因として原告会社は多賀郡華川村地内において石炭採掘事業を経営しているものであるところ、昭和二十四年六月三十日原告会社炭坑の第一斜坑第八坑道で俗に中切第四切羽(四昇り)と称する採炭場所に交替番として入坑した二番方竹田久、安島次男の両名は廃止切羽であつた第三切羽(三昇り)に入つて採炭作業をなした為落盤により竹田は死亡し安島は負傷するという事故が発生した。そこで被告日立労働基準監督署は右事故は労働者災害補償保険法所定の保険事故でありしかも右は保険加入者である原告会社の重大過失によつて発生させたものであるとして同法第十九条を適用して竹田久死亡に対する遣族補償の五割と安島次男負傷に対する障害補償の全額(休業補償費を除く)につき保険給付をなさないと決定し、昭和二十四年八月十六日附日監収第一九四八号をもつてこれが通知をなした。しかし原告はこの決定に異議があるので昭和二十四年十月十五日被告茨城労働基準局労働者災害補償保険審査官に対し審査の請求をしたところ、同被告は同年十二月七日附をもつて右審査請求を却下し原決定を維持する旨決定をした。しかし原告はやはりこれにも不服があるので昭和二十五年五月十九日茨城県労働者災害補償保険審査会に審査の請求をしたところ同審査会は訴願提起期間を経過したとの理由で同年十月三十一日附をもつてこれを却下する旨の決定をなし右通知書は同年十一月五日これを受領した。
しかして前記事故の発生につき原告会社には労働者災害補償保険法第十九条に謂うような重大な過失はないのであるから被告監督署の前記決定は違法であり従つてこれを支持した被告審査官の決定も違法であつていずれも取消さるべきものである。よつてこれ等決定の取消を求めるため本訴請求に及んだ次第であると陳述し、被告等の本案前の抗弁(一)に対して原告会社は前述のように労働者災害補償保険審査会より却下の決定を受けて居るから同審査会の審査を経なかつたものではない。(二)に対し被告等主張の却下決定書を受領した日は前記のとおり昭和二十五年十一月五日であると述べ、次いで被告等の主張事実を争い(一)原告会社は右第三切羽を廃坑としたのであるが前記事故発生の日より凡そ一週間位前から所謂番割を実施しなかつたのみならず同切羽が禁止区域であることを標示するために柵や囲は設けなかつたがズリを堆積して実際上採炭作業のなされるのを防ぐ措置を執つたほか竹田、安島等に対しても口頭をもつて廃坑であることを注意しておいたものである。しかも原告会社は事故発生の前日支柱夫神永東をして第三切羽に支柱を立てさせ、以ていわゆる山かためなる落盤防止の措置を執つている。以上の措置は切羽を廃坑とした際における措置として充分であり、殊に第三切羽と第四切羽との間は通風の為に板等で塞いでしまうことは出来なかつたのであるからなお更である。それにも拘らず竹田等は敢て第三切羽に入坑して採炭したのであるからこれは全く労働者の重大過失であつて原告会社の過失ではない。又(二)右事故発生の日における第四切羽の一番方である大西義信、渋谷幸衛はいずれも当時原告会社における優秀稼働者である。当日の交替時刻にはすでに責任凾数を採炭し唯積込搬出のために交替時より十分乃至十五分を要したのみであつて、なお同人等が採炭していたという事実はない。この程度の遅滞は坑内作業の実際において通例あることでこれがために竹田、安島等が他の切羽に入坑したとしてもそれは原告会社において何等責任を負うべき理由はない。仮りに一番方が採炭中であつたとしても渋谷は竹田に対し「交替しよう」と声をかけたにかゝわらず、竹田はそのとき既に三昇りに行つており、「こゝが掘り易いから安島来い」といつて第三切羽に安島を呼んで共に作業をしたのであるからなお更である。又(イ)仮りに竹田等が交替番として入坑するに当り現場係員が一番方が居残つていることを注意しなかつたとしても、交替番はつねに坑内において交替すべきものであるから、このことは何等原告会社に責任はない。又(ロ)仮りに被告等主張の事実がすべて認められるとしても竹田等が禁止区域に入らなければ事故は発生しなかつたのであるから原告会社の坑内管理が不十分であつたことは右事故発生については縁由に過ぎず直接の因果関係はないから原告会社の重大過失によつて事故を発生させたものと謂うことは出来ない。(ハ)仮りに本件事故発生につき原告会社に過失があつたとしてもそれは重大な過失というに当らないと述べた。(立証省略)
被告訴訟代理人は本案前の抗弁として(一)本件訴は労働者災害補償保険法による保険給付に関する決定の当否を争う訴であるのに右決定について労働者災害補償保険審査会の審査を経ていないものであるから不適法である。(二)仮りに右が理由ないとしても訴の提起は決定書の交付を受けた日から六十日内になさるべきものであるのに原告は遅くとも昭和二十五年十一月四日茨城県労働保険審査会の決定書(同月一日水戸郵便局に投凾して発送されたもの)を受領しながら本件訴の提起は六十日以上経過した昭和二十六年一月四日なされたものであるからこの点においても不適法であると述べ、本案に対して主文同旨の判決を求め請求原因事実に対する答弁として、原告主張の事実中原告会社が労働者災害補償保険審査会のなした決定の通知書を受領した日が昭和二十五年十一月五日であること及び原告主張の事故が原告会社の重大過失によつて発生させたものでないとの点を争い、その余の事実は全部認める、右決定書受領の日は前記のとおり遅くとも同月四日であり又前記事故の発生について次に述べるように原告会社に重大な過失があつたのである。即ち
(一) 凡そ炭坑の所謂切羽において採炭を中止しこれを廃坑とするときは炭礦経営者はこのことを関係従業員に対し一般に周知せしめるとともに、該箇所を板等で囲つて通行出来ぬようにするか又はズリを多量に積んで廃坑であることを明示する等の処置をなすべき当然の義務あるにかかわらず、原告会社は前記第三初羽を廃坑としながら右の処置を怠り関係従業員一般に周知せしめず、殊に右事故発生当日初めて右切羽の隣の切羽である第四切羽に入坑すべきことを安島に命じたに拘らずこのことを同人に知らしめず右のように第三切羽と第四切羽との間に通行禁止の措置及び右箇所が危険区域であることを標示する方法を講じなかつた、これがために竹田、安島の両名は次に述べる(二)の事情から右第四切羽に入つて採炭するに至つた為前記の事故が発生したのである。
(二) 前記竹田、安島の両名は事故発生の日における二番方として交替時刻である午後二時頃命ぜられた第四切羽に入坑したところ、一番方である大西義信、渋谷幸衛の両名は居残つて居り十分乃至十五分待つたが未だ採炭して居たのでやむなく隣の切羽である第三切羽に入つて作業したのであるがその際(イ)番割実施の任に当る現場係員は第四切羽において未だ一番方が作業中であることを二番方である竹田等の入坑に当り知らしめていなかつた。又(ロ)竹田等が第三切羽で作業中巡廻して来た支柱夫加藤光次は同切羽が危険であることを知つて支柱を立てて行つたに拘らず竹田等の作業を見ながら危険であることを注意しなかつた。のみならず(ハ)一番方である大西等も同切羽が危険であることを知りながらこれを二番方である竹田等に注意しなかつた。これらのことは原告会社における坑内管理の不充分であることを示すものであるが、さらに(ニ)原告会社は採炭夫に対して採炭量増加を要望して賃金値下げにより収入減となることを採炭増加によつて補うように余儀なくすると共に殊に昭和二十四年五月末日頃第二斜坑から第一斜坑に転属された安島に対し神永礦長は「掘れるところならどこでも掘つてくれ」と云い為に第一斜坑の保安炭柱すら採掘したことがある。右(イ)(ロ)(ハ)(ニ)も又いずれも原告会社の過失でこれらの事情によつて竹田等はやむなく廃坑である第三切羽に入坑し前記事故が発生したのである。
以上の事実を綜合すると正しく事故は原告会社の重大なる過失によつて発生せしめられたものであると云わなければならないから原告の請求は失当であると述べた。(立証省略)
三、理 由
まず被告等の本案前の抗弁(一)について判断する。
本件訴が労働者災害補償保険法による保険給付に関する決定の当否を争うものであることは当事者間に争いない。そして又後に述べるように原告会社は被告茨城労働基準局保険審査官の決定に対して昭和二十五年五月十九日茨城県労働者災害補償保険審査会に審査の請求をしたところ、同審査会は同年十月三十一日附をもつてこれを却下する旨の決定をしたことは当事者間に争いないのであるから本件訴は右保険審査会の審査を経たものであること明らかである。尤も右却下決定の理由は該審査請求が法定期間を遵守しない不適法なものであるから審査する限りでない者いうにあることは原告会社自ら陳述するところであるけれども、かかる場合も労働者災害補償保険法第三十五条に所謂審査を経た場合に該当するから右抗弁は採用出来ない。
同抗弁(二)について判断する。
成立に争いない乙第四号証に鑑定人荻留雄訊問の結果によると右却下の決定書は普通郵便として原告会社に宛てて昭和二十五年十一月一日水戸郵便局に投凾されたもので十一月一日に投凾された普通郵便物は原告会社に遅くとも同月四日に到達することを通例とすることが認められるけれども該決定書が同日原告会社に到達したことを認め得られる資料なく却つて原告会社代表者(第二囘)の供述により成立を認め得られる甲第六号証の一、二によると、該決定書が同月五日原告会社に到達したことが窺われる。そして又本件訴が同日より六十日以内である昭和二十六年一月四日提出されたものであることは訴状受附印によつて明白であるからこの点の抗弁も亦理由がない。
そこで進んで本案について判断するに、原告会社が多賀郡華川村地内において石炭採掘事業を経営しているものであること、原告主張の日原告主張の俗称中切第四切羽において交替番として入坑した竹田久、安島次男が廃止切羽であつた隣りの切羽第三切羽に入つて採炭した為原告主張の事故が発生したこと、そこで被告日立労働基準監督者は右事故について原告会に対して原告主張のような理由で労働者災害補償保険法第十九条を適用して原告主張のような決定をなし昭和二十四年八月十六日附日監収第一九四八号をもつて通知したので原告は同年十月十五日被告茨城労働基準局保険審査官に審査の請求をしたが同被告は右審査請求を却下し原決定を維持する決定をしたこと、そこで更に茨城県労働者災害補償保険審査会に昭和二十五年五月十九日審査の請求をしたところ、同年十月三十一日附でこれを却下する旨の決定のあつたことは当事者間に争いがない。そこで右事故の発生につき被告等主張のように原告会社に重大過失があつたかどうかを判断するに従前採掘していた切羽を廃坑とする場合炭礦経営者は柵囲その他通行遮断の設備をなすべきであり、又落盤のおそれのある箇所には支柱その他危害予防の設備を施すべきものであることは従来昭和四年商工商令第二十一号鉱業警察規則に定められていたところである。そして又右のような危険な箇所に隣接する切羽で作業をする従業員にはこのことを告知し危険区域に立ち入ることのないよう注意しておくことは経営者の当にとるべき災害予防上の措置といわねばならない。
しかるに本件第三切羽はこれを廃坑としながらこれに柱や囲を設けなかつたことは原告の自認するところであり、柵や囲を設けるかわりにズリを堆積したとの原告主張事実については証人神永進光、同草野民郎の証言中右に照応する部分があるけれども証人安島次男の証言と対比し、にわかに信用し難い。尤も証人草野民郎、同神永進光、同大西義信、同渋谷幸衛の各証言を綜合すれば、竹田久は事故当日即ち昭和二十四年六月三十日の約一週間前までは第三切羽に番割りされていたところ、第三切羽が廃坑となつたので、第四切羽に番割りされたものであることが認められるから、竹田としては第三切羽が廃坑になつていることは熟知していたとみる外ないが、証人草野民郎、同安島次男の証言によると安島次男は事故当日はじめて第四切羽に番割されたもので、隣接切羽の第三切羽については何等の注意を受けなかつたことが認められる。
次に証人神永東、同草野民郎、同安島次男の各証言を綜合すると、事故の前日第三切羽に支柱夫神永東が数本の支柱を立て更に事故当日支柱夫加藤光次が二、三本支柱を立てたことが認められるから、一応おそまきながら落盤防止の措置がとられたものと見るべきもののようであるが、一面安島証人の証言によれば、同人と竹田が第三切羽で作業中前記加藤光次はその場に巡囘し右のように支柱を立てたにも拘らず、安島等が第三切羽で作業中なることを知りながら何等注意を与えなかつたこと、更に証入安島次男、同吉田正の証言によれば当時原告会社はストライキや落盤事故による補修等のため減産状態にあつたのを囘復しようと焦慮していたこと、そして坑夫一人当りの出炭目標を定めて採炭の増加を要望していたが、同年四月三十日頃労資双方の集つた席上において原告会社のため坑内外の監視及び坑夫の作業の監督の任務を有する礦長神永進行は「ヤンチヤ掘りをしても石炭を出さなくては駄目だ」と採炭夫に話したことがあり、又同年六月十五日頃にも右神永進光より「掘れるところなら何処でもよいから切羽をみつけて掘つてくれ」と申し入れたこと、事故発生当日竹田等が二番方として入坑する際一番方である大西義信と渋谷幸衛が居残り作業をしており、出炭が目標の量に達しないときは賃金にも影響するため竹田久はやむなく隣接切羽である第三切羽に入つて作業をするに至つたものであり安島も亦サキヤマである同人に従つて第三切羽に入り作業したものであることが認められる。右認定に反する証人大西義信、同渋谷幸衛、同神永進光、同草野民郎の各証言は措信しない。
以上認定事実によつて考えるに、原告会社としては前記のような言葉を以て増産を要望するならば、採炭夫が危険区域にまでも立ち入つて採炭をなすやも計り難いことは当然予想し得べきであつたといわねばならず、しかも第三切羽は危険箇所として支柱こそ立てたが立入遮断の設備を施さなかつたのであり、これがため竹田、安島の両名が右第三切羽に入つて採炭に従事したため本件落盤事故を惹起したものとみるべく、該事故について原告会社に過失の責あることは明らかである。しかも前記の如く敢えて、「ヤンチヤ掘り」をしてゞも掘れるところから掘れと申し入れて出炭増加を要望するが如きは、危険予防に対する注意義務を甚しく懈怠したものという外なく、本件事故について原告会社に重大な過失ありと認めるのが相当である。尤も採炭夫自身も危険を避けるため注意すべきは当然であつて、少くとも第三切羽が廃坑であることを知つていた竹田久については本件事故につき過失があつたと認むべきではあるけれども、これがため原告会社において右過失の責任を免れ得べきものではない。してみれば本件竹田、安島の罹災事故について被告日立労働基準監督署が労働者災害補償保険法第十九条前段を適用し保険給付制限の決定をしたこと及び被告茨城労働基準局保険審査官が原告の審査請求を却下する旨の審査決定をしたことはいずれも正当であつて、これらの決定の取消を求める原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することゝし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用し主文の通り判決する。
(裁判官 多田貞治 鈴木盛一郎 綿引末男)